現代数学で「大域解析学・大域幾何学」と「局所解析学」「基礎解析学」の違いは何かまとめ。多様体上で不連続群を使って微分方程式を調べる

数学の解説コラムの目次へ


現代数学の「大域解析」「大域幾何」とは何なのか,わかりやすくまとめてみた。


大域解析学とは,簡単に言うと:

  • 多様体上の解析学を,大域的に研究する理論。
  • コンパクトな(閉じた)多様体上で,ラプラス方程式などの楕円型方程式を調べること。

大域解析学を使うと,何ができるか:

  • 局所的な性質と,大域的な性質とを結びつけることができる。
  • 例えるなら,「木を見て森を知る」ことができる。


大域解析学において,前提となる知識:

  • 微分幾何学
    • リーマン幾何
  • リー群論
    • 不連続群
  • 等質空間論,局所均質空間


大域解析学のトピックの例:

  • (幾何学的)変分問題
  • 境界値問題
  • 力学系
  • 共形場の理論,共形構造
  • 作用素環
  • シンプレクティック幾何学
  • 不変微分作用素
  • 自己共役作用素のスペクトル分解
  • 固有関数展開の理論
  • Hodge-小平分解
  • M.Atiyah-M.Singer の指数定理
  • 調和写像の存在定理
  • Calabi 予想の解決
  • ゲージ理論のトポロジー
  • 結び目


以下で,それぞれ詳しく解説。

簡単に言うと,何をする分野なのか?

扱うトピックがリストアップされている。

大域解析学は,基礎解析学に続く概念である。

科学研究費助成事業-科研費-「系・分野・分科・細目表」の改正後の申請・採択状況について
日本数学会・教育研究資金問題検討委員会
http://mathsoc.jp/publication/tushin/1802/kaiho182-kakenhi.pdf

  • 大域解析学
    • (A) 関数方程式の大域理論
    • (B) 変分法
    • (C) 非線形現象
    • (D) 多様体上の解析
    • (E) 力学系
    • (F) 作用素環
    • (G) 可積分系


○理工系
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/toushin/010703/002/03.htm

  • 基礎解析学: 複素解析、実解析、関数方程式、関数解析、確率解析、代数解析
  • 大域解析学: 関数方程式の大域理論、変分法、非線形現象、多様体上の解析、力学系、作用素環、可積分系


多様体を中心に微分方程式を考える,というテーマとして説明されている:

大域解析学と代数解析学の交錯:京大数理研 望月拓郎先生
http://www.ostec.or.jp/pln/pri/kagaku/mochizuki.pdf

  • 多様体とは, 現代数学における主要な研究対象の一つであり、球面やトーラスといった図形の一般化です。
    • 球面やトーラスのように「閉じている」ものをコンパクト多様体といい、境界を含まない円板のような「閉じていない」ものを 非コンパクト多様体といいます。
    • そして、乱暴な言い方になりますが、コンパクト多様体上で, 楕円型方程式(ラプラス方程式の一般化)を調べるのが「大域解析学」です。  
  • 大域解析学は 20 世紀以降の数学の世界的な主潮流のひとつになっていて、Hodge-小平分解や、M.Atiyah-M.Singer の指数定理、調和写像の存在定理、Calabi 予想の解決、ゲージ理論のトポロジーなど、既に古典となっている深い研究が多数あります。
  • そして、大域解析学の強いところは、局所的な性質と大域的な性質を結びつけるところです。
    • つまり、各部分ごとに述べられる条件と、全体があって初めて述べられる大域的な条件を結びつけるのが, 大域解析学の研究のテーマの一つといえます。
  • 一方、線形偏微分方程式から「形」を取り去った「実体」である D- 加群を研究するのが代数解析学です。


名城大学理工学部数学科 > 大学院数学専攻
http://math.meijo-u.ac.jp/ginfo/index.html

  • 大域解析学とは:
    • 多様体上の解析学を大域的に研究する理論の研究
    • 微分幾何学, リー群論, 等質空間論および解析学等の幅広い基礎理論からはじめる。
    • 不変微分作用素, 境界値問題, 自己共役作用素のスペクトル分解,固有関数展開の理論などのトピックがある。


中心となる構造は「不連続群」である:

幾何学 | 東京大学大学院数理科学研究科理学部数学科・理学部数学科
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/summary/geometry.html

  • 構造には、(擬)リーマン構造、ケーラー計量等の、局所的なねじれの構造をもつ空間から、シンプレクティック構造、接触構造、葉層構造など大域的な位相的構造と近い性格をもつものまで様々な幅がある。
  • また、局所均質性に着目すると、リー群や等質空間との結びつきが深くなり、不連続群が局所と大域を結ぶ主役として、近年、リーマン幾何を超えた枠組みで盛んに研究されている。  
  • 幾何構造の入れ方が一意的であるときを剛性といい、その逆の場合は、自由度そのものも研究対象になる(変形理論)。
  • 後者の典型例としては、曲面の変形のあらゆる可能性を一挙にみると、曲面の写像類群、その分類空間が現れるが、これがリーマン面のモジュライ空間として複素幾何的扱いを許す対象である。


大学での「大域解析学」の講義内容の例:

大域解析学第一
http://www.math.titech.ac.jp/~jimu/Syllabus/H15(2003)/Graduate/Global_Analysis_I.html

  • 【講義の目的】
    • 2次元 共形場理論の数学的基礎を解説する。
    • 特に自由場の理論と、それを応用した相関関数の積分表示の理論 を中心に述べる。
  • 【講義計画】  
    • 予定の項目は、自由場、OPEの計算、アフィンリー環、KZ方程式、 積分表示、など。


大域解析学第二
http://www.math.titech.ac.jp/~jimu/Syllabus/H17(2005)/Graduate/Global_Analysis_II.html

  • 【講義の目的】
    • 「共形構造を持った二次元の微分可能多様体」であるリーマン面の幾何学的特徴を, 非線形偏微分方程式の道具を用いて解明する。
    • 多様体上にリーマン計量が与えられたとき, それを変形するには, その計量の持つ共形構造を保つものと, それを壊すもの の二つに大きく分けられる。
    • 共形構造を保つものの理論は, ポアンカレの一意化定理によって二次元の場合うまく説明され、保たないものに関してはタイヒミュラー空間というパラメター空間を導入する必要が生 ずる。
    • この計量の変形に関して現れる線形、及び非線形の偏微分方程式に関する解析を中心に講義を構成したい。
  • 【講義計画】
    • 1)二次元多様体のリーマン計量の局所的変形理論
    • 2)二次元多様体のリーマン計量の大域的変形理論
    • 3)その応用

大域解析・大域幾何について,わかりやすい解説資料

局所から大域へ ― リーマン幾何を超えた世界で ―
http://www.ipmu.jp/sites/default/files/webfm/pdfs/news25/J03_FEATURE.pdf

  • 小林俊行先生。以下は要点を抜粋。

「木を見て森を見ず」とは言うものの,名探偵のような視点で木(局所)を観察すれば、森の形(大域)の“何か”は読み取れるかもしれない。
 
古典的な数学の時代では、小さなスケールで起こることや局所的な座標を用いて説明できることが主に研究されていた。
現代の数学では、大きなスケールで起こることに関心の対象が拡がり、それに向けてさまざまな数学概念や手法が開発されてきている。
しかし、一般には大域的な現象を理解するのは大変難しい
 
幾何学において局所的な構造を指定したとき、

  • 「大域的な形としてはどの程度の自由度があり、どのような制約を受けるか?」

という問は,

  • 「局所→大域的な形」

というモチーフの典型的なもの。
 
局所性として“均質”という性質に着目すると、リー群論や整数論との結びつきが強くなり、不連続群とよばれる離散的な代数構造が, 大域的な形を統制する主役になる。
 
本稿では,

  • リーマン幾何の枠組を超えた局所均質空間の大域幾何と、
  • 最近手がけ始めたスペクトルの研究(大域解析)

の雰囲気を伝える。
 
一つの大域構造の中に, 同種の局所幾何構造が唯一つしか入らないとき剛性定理が成り立つという。
逆に、同種の幾何構造の入れ方に自由度があるときは、その自由度そのものを研究対象にすることができる(変形理論)。
 
リーマン幾何の範疇では、剛性定理が成り立つ状況が多いが、その例外として、閉じた曲面上には曲率が-1のリーマン構造(双曲構造)で相異なるものが連続無限あることが知られている。
これを記述するパラメータ空間はタイヒミュラー空間と呼ばれ、関数論・双曲幾何から弦理論などさまざまな分野に現れる重要な概念。
 
リーマン幾何学の枠組を超えた世界では、局所均質空間の“住人”たる大域解析は, 謎に包まれた未踏の地。

幾何学分野紹介 - 幾何グループ
http://www.math.tsukuba.ac.jp/~tange/open2014kika.pdf

  • 筑波大学 大学院 数理物質系 数学域
  • 以下は抜粋。

微分幾何では,リーマン計量・測地線・曲率が本質的。
 
曲がり方がわかれば、対象全体がどんな形か分かる
→大域解析学が発展
 
ガウス・ボンネの定理:
微分幾何的データが,位相幾何的分野を復元する。
 
 
位相幾何学の分野で研究をするには,
「集合と位相の基本事項」
を学んでいることが望ましい.
 
微分幾何の分野で研究をするためには,
「曲線と曲面の幾何」および「多様体の基本事項」
を学んでいることが望ましい


東京大学・グローバルCOEプログラム,数学新展開の研究教育拠点
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/gcoe/documents/pamphlet.pdf

  • 14ページ目,小林俊之先生の研究内容
  • 以下は抜粋引用。

リーマン幾何学の枠組みを超えた不連続群
  
【局所から大域へ】  

  • 局所構造は大域構造にどのように影響するか? 
    • この主題は、計量が正定値であるリーマン幾何学においては、20世紀以来の幾何学における大きな潮流となり、著しい発展をとげてきた。  

 

  • より一般の幾何構造に対してはどうか? 
    • たとえば、相対性理論における時空(ローレンツ空間)のように不定値の計量をもつ空間では、等長変換からなる離散群の作用は真性不連続とは限らない
    • このような現象も、大域的な構造に重要な役割を果たすはず。

 

  • 実は、不定値計量の場合を含む一般の幾何構造に対する局所から大域への研究は, 20世紀の幾何学の潮流に乗り遅れた感があった。

 
【不連続群の理論】  
 

  • 局所構造が均質の場合には、
    • 局所的な幾何を統制するのが, 等質空間であり、
    • 大域的な構造を統制するのが, 不連続群である。

大域解析・大域幾何について,専門的な解説資料

微分幾何と大域解析学関連の報告 (小野薫先生)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sugaku1947/51/1/51_1_81/_pdf

  • 1998年10月の会議報告。以下は抜粋。

Riemann-Rochの定理とその拡張とAtiyah-Singerの指数定理とその拡張とを並べることから始まった講演は

  • 大域的対象と局所的対象,及びそれらをつなぐもの

をKeywordに進められた。

「大きな群の作用はGromovの意味でのrigid geometric structureを保つであろう」
という間を意識しつつ,
剛性や"大きな群"は, 低次元多様体に作用できないこと等を解説した。

大域解析・大域幾何を学ぶための,おすすめの書籍

曲面の微分幾何学―局所理論から大域理論へ

  • 曲面の曲率という局所的な幾何学的対象に, ガウス曲率や平均曲率などが一定という条件が付くと、曲面の大域的な性質がどこまで決定されるかと言う事をメインテーマとしている。


株式会社サイエンス社 株式会社新世社 株式会社数理工学社
http://www.saiensu.co.jp/?page=book_details&ISBN=4910054690361&YEAR=1996

  • ■特集 ・「大域解析学」   ~局所と大域の相関~
  • 吉田朋好 ・「ゲージ理論と幾何学」   ~チャーン・サイモンズ場~
  • 深谷賢治 ・「位相不変量の積分表示と経路積分」
  • 古田幹雄 ・「トポロジー,位相的場の理論そして表現論」
  • 太田啓史 ・「シンプレクティック幾何」
  • 小野 薫 ・「保存力学系」   ~symplectic capacityについてのHoferの仕事を中心に~
  • 小澤 哲也 ・「調和写像と液晶」
  • 立川 篤 ・「Nevanlinna理論と数論」
  • 小林亮一 ・「アラケロフ幾何」 織田孝幸

大域解析学・大域幾何学の関連分野

「大域トポロジー」もある。

シンプレクティック幾何学 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E5%B9%BE%E4%BD%95%E5%AD%A6

  • シンプレクティック幾何学は解析力学を起源とするが、現在では大域解析学の一分野でもあり、可積分系・非可換幾何学・代数幾何学などとも深い繋がりを持つ。
    • シンプレクティック形式を用いれば, 変分原理を通ることなく、運動方程式を書き下すことが出来る。
  • 運動方程式を求積するには第一積分(保存量)が必要である。
    • (ハミルトニアンとは独立な)第一積分の数だけ, 方程式の自由度を落とすことができるからである。第一積分を使って、方程式の自由度を削減する方法を, 一般に簡約化という。
    • 第一積分を見つけることは系における対称性を見つけることに等しい。系が対称性をもてば、その対称性に対応する保存量を見付けられるからである。
      • 例えば、並進対称性があれば運動量が保存し、回転対称性をもてば角運動量が保存する。
      • このように、系の対称性と第一積分の存在との関係を一般的な状況下で研究したのは、ネーターが最初であるとされる。
  • シンプレクティック幾何の歴史は物理とともに始まり進展していった。そしてシンプレクティック幾何は大域的幾何としての発展を期待されていた。
    • シンプレクティック幾何が扱うべきは大域的な対象である, と長く言われてきた。
    • しかし、物理と密着な関わりを持ちすぎたが故に、シンプレクティック幾何学は20世紀前半から始まる大域的解析学とは一線を画している面がある。
  • しかし、特にグロモフ以降のシンプレクティック幾何学は、大域解析学の大きな柱へと成長を遂げることになる。
    • グロモフは論文のなかで概正則曲線の概念を定義し、その論文がエポックメイキングとなり, それ以降シンプレクティック幾何学は大域的トポロジーの一分野(シンプレクティックトポロジー)に躍り出ることとなる。


研究テーマの例:

教員 研究内容紹介
http://www.sci.waseda.ac.jp/research/CONTENTS/J/6d58dd3b.html

  • 研究テーマ: ディラック作用素に関連した幾何学,大域解析学
  • 研究概要: ディラック作用素という楕円型一階微分作用素は,数学,物理学の様々な分野に現れる.
    • この一階微分作用素をいろいろな側面(微分幾何学,大域解析学,表現論など)から眺め,その本質を理解することが研究目的である.
    • 具体的に述べれば,スピン幾何学,ツイスター理論,指数定理,シンプレクティック幾何学,対称空間上での調和解析などが挙げられる.
  • また,ディラック作用素に限らず,リーマン多様体上の幾何構造から定まる微分作用素らの幾何学的,解析学的性質を理解することも目的とする.


pamphlet15.pdf
http://www.math.kansai-u.ac.jp/pamphlet15.pdf

  • 大域解析学研究室 竹腰見昭 教授
  • 大域解析学研究室では,微分不等式 f"(x)≧k(x)f(x) を満たす f(x) の無限遠での挙動を研究しています
    • この問題は, 微分幾何学や複素解析のいくつかの大域的な問題と関連があり、現在もなお多くの数学者によって研究されています。

局所解析とは何か?

大域解析とペアになるのが,局所解析という分野。

局所解析の中の1分野が,超局所解析。

雑記 : 超局所解析
http://blog.livedoor.jp/yadahoiso/archives/1434891.html

  • 大雑把に言えば,ある点のまわりだけ見る っていうのが局所解析
    • たとえば|x|は原点で微分不可能だけど,原点以外では微分可能(原点以外では局所的に滑らか)
    • さらに方向まで見るのが超局所解析


超局所解析から見た完全WKB解析入門 (経路積分と超局所解析の入門) - 1723-09.pdf
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1723-09.pdf

  • 超局所解析は,微分方程式の解の特異性の余接空間上での解析を一つの柱とする.
  • 一方,完全 WKB 解析では, 微分方程式の解の大域的性質を形式解とその Borel 和の活用により解析する.
  • ともに複素解析的カテゴリーにおける微分方程式を主たる研究対象としているが,目的および手法は一見異なる.


解析学分野 - 筑波大学 理工学群数学類/大学院数学専攻
http://nc.math.tsukuba.ac.jp/4fields/analysis/

  • 解析学とは、一言で言えば、微積分という操作に対する関数の性質を研究する数学の一大領域です。


超局所解析 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E5%B1%80%E6%89%80%E8%A7%A3%E6%9E%90

  • 数学の解析学の分野における超局所解析(ちょうきょくしょかいせき、英: microlocal analysis)とは、変数係数の線型および非線型偏微分方程式の研究に関するフーリエ変換に基づく、1950年代以後に発展した技術を伴う解析のことを言う。
  • 超函数や、擬微分作用素、波面集合、フーリエ積分作用素、振動積分作用素、パラ微分作用素の研究などが含まれる。
  • 「超局所」(microlocal)という語は、空間内の位置についての局所化のみならず、ある与えられた点の余接空間方向についての局所化を意味する。このことは、次元が 1 よりも大きい多様体に対して、重要な意味を持つ。

数学の解説コラムの目次へ